狂人日記

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本の感想『B.C.1177 古代グローバル文明の崩壊』

 

 紀元前1200年頃を境にして、東地中海世界に栄えていたヒッタイトやエジプト、ミュケナイ(ミケーネ)といった多くの文明は一斉に崩壊もしくは衰退を始める。

 「前1200年のカタストロフ」「青銅器時代の終わり」等とも呼ばれる一連の社会変動は自然災害や、謎の集団「海の民」による襲撃を原因とする等様々な説があるが、これら諸説を総合しながら最近の考古学調査の結果を踏まえつつ、この時代に何が起きたのかについて考察したのがこの本である。

 

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エリック・H・クライン、安原和見(訳)『B.C.1177 古代グローバル文明の崩壊』 筑摩書房 2018

 

 本書が扱う地域(下記地図)は古くから文明が誕生し、いくつもの大きな国家が栄えていたわけだが、特に強調されているのは貿易や戦争等を通じて、これら地域におけるグローバル・ネットワークとも言うべき国家間同士が繋がった社会システムが存在していたという点である。

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 交易においてとりわけ大きな影響を与えていたのが、現在のシリア北部に位置していたウガリト王国である。遺跡の発掘調査や出土した文書(粘土板)に残されているウガリトの王や商人達による交易の記録からは、エジプトやヒッタイトといった当時の大国以外にも、東地中海沿岸のシドンやティルス、あるいはクレタミュケナイのようなエーゲ海域の国々と地域・物量ともに大規模な交易を行い、陶器や油から小麦・ワインに至るまで、各地の様々な物資が集積・拡散される貿易の一大拠点だった事が分かっている。

 1980年代にトルコの南西沖で発見された「ウルブルンの沈没船」はBC1300年代のものとされているが、青銅の原料となる銅や錫の他、象牙製品やヒエログリフの刻まれた純金製のスカラベ等、世界中のありとあらゆる貴重品を積載しておそらくはエーゲ海地域の国と取引を行おうとしていた形跡が見られ、この時代における国際的なネットワークの大きさを表す重要な証拠となっている。

 また多国間の交易、戦争、あるいは婚姻を通じた政治的な交流を示す文書も多く残っている。交流する相手として特に人気だったのがエジプトで、これは当時のエジプトが大国であった以外にも、ヌビア地方に大きな金鉱を有していたことが理由であるらしく、実際に文書の中には他国の王がエジプトとの婚姻関係を通じて、しきりに金の無心をする様子も描かれている。ルクソールにあるアメンホテプ三世の葬祭殿の入口には二体の巨像(下図、「メムノンの巨像」とも呼ばれる)が建っており、その台座にはミュケナイやクノッソスといったエーゲ海地域の地名が刻まれているが、これはアメンホテプ三世時代(BC14世紀)にエジプトと交流を持っていたエーゲ海地域のリストだとする説もある。

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 こうした国際的なネットワークがなぜ突然崩壊したのか。発掘調査によってこれらの地域に栄えていた諸都市の大半がBC1200年頃に破壊された痕跡があることが分かっているが、従来は「海の民」の襲撃が特に有力な説だったのだが、建物の倒壊状況(地震か人災か)や侵略者が「海の民」の一員であるとは限らない可能性等を考えても、必ずしも一、ニの要因によるものではないということを本書では示唆している。

 つまりは「海の民」による侵入や地震・干ばつ等の自然災害、あるいは社会不安に伴う内乱といったいくつもの要因が折り重なった「パーフェクト・ストーム」によって、東地中海を取り巻く政治・経済を中心とした社会システム、いわゆる「古代グローバル文明」が崩壊していったという。本書の題名に入っているBC1177年とはエジプトのラムセス3世が「海の民」を撃退した年であるが、著者がこの出来事を歴史の転換期を象徴するものとしてチョイスしたもので、実際にはこの年に前後して各文明が衰退を始めている。

 

 一連の混乱期を経て東地中海では青銅器文化が終焉し鉄器文化へ移行する。中東ではフェニキア人やアラム人、イスラエル人といった勢力が台頭し、ギリシアでは都市国家が発展していくことで新たな時代を迎えることになるのだが、本書が言及している最も重要な点はこの崩壊の過程、つまりは強固な繋がりを持った社会システムでも何らかの不確定要因によって簡単に綻びが生じ、そのシステムに依存してきた大きな文明、あるいは国家が引きずられるように衰退・崩壊を始めていったとする現象であり、それは現代社会を取り巻くグローバルな社会システムにもそのまま当てはまるとしている。

 これはあくまでも仮説であり、現代社会でこうした事がすぐに起こりうるというのは想像し辛いものだが、地球規模や国家間レベルの大きいものでなくとも、自分達が当然のように享受している今の生活がいつ何時、何かの影響で突然変化する可能性もゼロではないということも念頭に入れておく必要があるだろうと感じた。

 本書にはそれ以外にも古代文明の詳しい解説や沈没船発掘の裏話、半ば伝説的な出来事であるトロイア文明やヘブライ人の出エジプトについても少しではあるが言及されているので、古代文明とか歴史ロマンみたいな物に関心がある人は手に取ってみてはいかがだろうか。

 

(´・ω・`)ノシ